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山口地方裁判所 昭和51年(行ウ)3号 判決 1976年11月11日

原告 藤井了

被告 光税務署長

訴訟代理人 下元敏晴 堂前正紀 塩見洋佑 山崎豊 ほか四名

主文

原告の金員支払請求の訴えを却下する。

原告の督促処分取消の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告の請求の趣旨

1  被告が原告に対して昭和五〇年一〇月六日付でなした督促処分を取り消す。

2  被告は原告に対し金一五万円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告の答弁

(本案前の答弁)

1 本件訴えをいずれも却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案の答弁)

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  督促処分取消について

(一)被告は原告の昭和四九年分所得税金一四万九〇〇〇円、無申告加算税金一万四九〇〇円がその納期限昭和五〇年一〇月二日までに完納されないとして、原告に対し、同月六日付の督促状により、右本税、無申告加算税及び同年三月一五日の翌日から完納の日までの延滞税について、同年一〇月一六日までに納付しないときは財産の差押えをなすことになる旨、その納付を督促した。

なお被告の請求原因に対する答弁1(二)項主張のとおり、原告が法定申告期限までに昭和四九年分所得税の確定申告書を提出せず、被告から同年分の所得税及び無申告加算税の賦課決定の通知を受けたが、これを納期限までに納付しなかつたことは認める。

(二) しかしながら、原告はかねて自己所有の農地一町五反余を自作農創設特別措置法により買収されたが、その買収令書の交付がないことから提起した農地買収処分無効確認請求事件の再審訴状却下命令に対する特別抗告却下決定に対し、昭和四五年四月二三日更に最高裁判所に特別抗告の申立をなしたにも拘らず、これに対する裁判の遅延により、相当の損害を受けたが、右は同裁判所裁判官の故意または過失によるものであるから、原告は国に対し国家賠償法に基づく損害賠償債権を取得した。その額は被告の督促にかかる本税および無申告加算税の合計金一六万三、九〇〇円と同額またはこれを上回るものである。

原告は昭和五一年九月二七日の本件第二回口頭弁論期日において、右損害賠償債権として、前記昭和四九年分所得税債権と対当額において相殺する旨の意思表示をなした。従つて原告の右所得税債務は昭和五〇年三月一五日に遡つて消滅し、もはや滞納の事実はない。原告の右所得税滞納の事実を前提とする本件督促は違法である。

(三) 原告は、昭和五〇年一〇月八日、本件督促処分について、被告に異議の申立をなし、更に昭和五一年一月八日国税不服審判所長に対し、右処分の取消を求めて審査請求をしたが、同所長は「国税通則法第七五条第一項に該当する処分とは認められず、不服申立ての対象とはなりえない不適法な審査請求である。」として、審査請求を却下した。

(四) そこで原告は被告に対し本件督促の取消を求める。

2  慰藉料の請求について

(一) 右のように原告の昭和四九年分所得税債務が消滅し、滞納の事実がないのに拘らず、被告は原告に対し本件督促をなした。そのうえ原告は被告に対し昭和四六年分所得税について、その納期限に原告主張の国に対する自働債権とこれとを対当額において相殺する旨の意思表示をなしたにも拘らず被告は原告に対し右所得税を滞納したとして督促をなし、原告は右督促を違法であるとして異議の申立、更には右処分取消の訴を提起してこれを争つているところ、被告は本件督促をなすにあたりなんら原告主張の自働債権の消滅事由或いは昭和四九年分所得税が消滅しない理由を説示しないでこれをなしたことは秩序違反である。

その結果原告は本件督促により精神的損害を被り、これを慰藉するには金一五万円を要した。

(二) そこで原告は被告に対し、慰藉料として金一五万円の支払を求める。

二  被告の請求原因に対する答弁

1  督促処分取消について

(一) 請求原因1(一)項の事実は認める、同(二)項の事実のうち、原告主張の自働債権の存在は不知、昭和四九年分所得税債権が消滅したことは争う、同(三)項の事実は認める。

(二) 原告は昭和四九年分の所得につき、その法定申告期限である昭和五〇年三月一五日までに被告に確定申告書を提出しなかつたので、被告は原告に対し昭和五〇年九月二日付をもつて昭和四九年分所得税金一四万九〇〇〇円の決定及び無申告加算税金一万四九〇〇円の賦課決定の通知をなし、これにより原告が納付すべき昭和四九年分所得税額及び加算税額が確定した。ところが原告は右所得税等を納期限までに納付しないので、被告は納期限から二〇日以内の昭和五〇年一〇月六日付の督促状を原告宛に発し、右所得税等及び延滞税の納付を督促した。このように被告の右督促は、国税通則法の規定に従つてなしたものであり、適法である。

仮に原告主張の自働債権が存在するとしても、国税通則法第一二二条は「国税と国に対する債権で金銭の給付を目的とするものとは、法律の別段の規定によらなければ相殺することができない。」と規定し、一般に国税債権と私人の有する金銭債権との相殺を禁止している。しかも、右法条にいう「法律の別段の規定」は現在までのところ制定されていない。従つて滞納の事実がある限り、被告の本件督促は適法である。

(三) ところで、行政訴訟において訴の対象となるのは、国民の権利義務、法律上の地位に直接具体的に法律上の影響を及ぼす行政処分等でなければならないところ、国税通則法第三七条による督促はそれ自体独立して国民の納税義務の存否及び範囲に直接具体的な変動を及ぼすものではないから、結局本件督促は取消訴訟の対象にはなり得ない。

また国税に関する法律に基づく処分の取消訴訟を提起するには、前審として適法な不服申立をなし当該不服申立に対し本案審理に基づく決定または裁決があつたことを要するところ、原告のなした国税不服審判所長に対する本件督促取消の審査請求は、同所長により本件督促は「国税通則法第七五条第一項に該当する処分とは認められず、不服申立ての対象となりえない不適法な審査請求である。」として本案審理に至ることなく却下されているから、原告の督促処分の取消を求める本訴は、不服申立の前置を経ていない不適法な訴えである。

(四) よつて原告の督促の取消を求める訴えは、いずれにしろ不適法であるから、本訴1の却下を求める。仮に被告のなした本件督促が取消訴訟の対象となり得る処分ならば、本件処分は右のとおり適法になされたものであるから、原告の本訴1の請求は失当である。

2  慰藉料の請求について

被告である光税務署長は行政庁であり、慰藉料の請求については当事者能力を有しない。原告の本訴2の訴は不適法である。

なお、原告請求原因2(一)の事実のうち、被告が本件督促をなしたこと及び原告が昭和四六年分所得税につき原告主張の自働債権と対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは認めるが、その余の事実は争う。被告主張1(二)のとおり本件督促は適法であり、また被告には原告主張の相殺等消滅の意思表示に答える法令上の義務は存しないのであるから、原告の相殺の主張に対し、被告が何らの回答をしなかつたとしてもこれを違法とする理由はない。

第三証拠<省略>

理由

一  督促処分取消について

1  原告の請求原因1(一)項及び(三)項の事実並びに被告の答弁1(二)項前段の事実関係は当事者間に争いがない。

以上によると被告が原告になした本件督促は適式な手続を経てなされたことは明らかである。

2  まず被告の答弁1(三)の主張について検討する。

納税者がその所定の国税を納期限までに完納しない場合、税務署長は納税者に対し、国税通則法第三七条に基づきその納期限から二〇日以内に、その国税、延滞税等があるときはこれをもあわせて督促状によりその納付を督促しなければならないもので、納税者において督促状を発した日から一〇日を経過した日までにその督促に係る国税を完納しないときは、税務署長は同法四〇条、国税徴収法に基づき滞納処分を行なわなければならない。そうすると右督促は、税務署長が滞納者に対し、納税申告書による国税若しくは納税告知をなした国税等の他、これらの納期限から完納の日までの日数等法定の割合に従つて計算される延滞税の存在を一定期間内に知らしめその納付を催告するものであり、他方租税の強制徴収手続たる滞納処分を実施するための前提要件であり、税務署長が督促をしないで滞納処分を実施すれば、滞納処分が違法となる。右のように滞納者に滞納している国税の存在を一定期間内に知らしめその支払を催告し、かつ滞納処分の前提としての法律効果を有する督促は、滞納者の権利義務に直接具体的に法律上の影響を及ぼすような行政処分であり、取消訴訟の対象となり得るものと解する。

そして前記認定1のとおり原告が国税不服審判所長に対し本件督促の取消を適式に求めたが、同所長は右督促は国税通則法第七五条第一項に該当する処分とは認められないことを理由に不適法な審査請求であるとしてこれを却下していることは当事者間に争いがないが、原告は適式な審査を申立て一応その審査を受けているから、結局行政事件訴訟法第八条国税通則法第一一五条に規定する裁決前置の要件を充たしたものである。

従つて被告の前記主張は採用できない。

3  原告の相殺の主張についてみるに、仮に原告主張の自働債権が存在するとしても、右は国に対する国家賠償法に基く損害賠償債権であり、国税通則法第一二二条によれば国税と国に対する債権で金銭の給付を目的とするものとは法律の別段の規定によらなければ相殺することができないところ、右相殺を許容する法律の別段の規定はないから、右原告の主張は主張自体失当である。

4  従つて原告の1の請求はその余の点を判断するまでもなく

理由がない。

二  慰藉料の請求について

被告の本案前の主張についてみるに、原告は被告のなした本件督促により被つたとする損害の賠償を国の行政庁である被告光税務署長に求めるものであるが、行政処分の違法を理由に損害賠償を求める訴えについては、当該処分庁である行政庁は当事者とはなり得ないと解する。従つて行政庁である被告に対する本訴2の訴えはその余の主張について判断するまでもなく、不適法として却下すべきである。

三  結論

よつて原告の1の訴えは理由がないからこれを棄却し、原告の2の訴えは不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 横畠典夫 杉本順市 柴田秀樹)

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